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こんにちは、ホーリンです。
こないだ、知り合いに「この世で一つだけ願いが叶うなら、何を願う」
という質問をされ、ホーリンはかなり深く考えました。
ちょうど宝くじも売り始めて、7億円を目指してせっせと人々は買い求めている時期なので、みなさんもこういう事を考えると思います。
・不老不死になる
・億万長者になる
大方90パーセントの方がこの2つを願うのかと思います。
他には家族を助ける、世界平和、戦争を止めるなどとても、立派な人もいるかと思います。
90パーセントの人は、自分のため、10パーセントの人は自分以外のため。
まぁ、どんな願いを持つも自由だし、悪い事ではないと思います。
ホーリンは、億万長者になる事を想像して、正直になんかつまらなそう。
と、思ってしまいました。
もちろんホーリンはできる事なら億万長者になりたいですが、その過程が無い億万長者は達成感も無ければ、嬉しさも無いような気がします。
また、億万長者では無いけれど、僕のように自由に生きていると、時々スーパーお金持ちのような方がいらっしゃいますが、別にお金の量に比例して幸せかというと、そういう訳ではなく、
そこそこ愚痴を吐く人もおり、高価なものを買い、食べ、手に入れても幸せという訳でもなく、幸せって何なんだろうと思ってしまいます。
そこで、お金による幸福はあまり求めないようにしようと悟りました。
実際、幸福度は900万円を境に、そんなに上がることもないらしく、程々が一番という事も科学的な根拠があるみたいですね。
そもそも、狩猟民族、農耕民族の時代まで遡ると、当時はお金なんてものはなく、あるのは、肉または穀物だったと思います。
それを得ることができる人が力があり、無い人は困る。
という、人生なので今で言うお金と等価値だと思います。
僕は、その概念で行くと、価値の高い国で働き、物価の安い国で安くて美味しいものを食べるのが一番利口だと思います。
衣服は、後付けで自分のランクを表す物差しとなったので、これも大した価値は見いだせません。
ホーリン的には、インターネットを無くす社会を作る(原点回帰)と言うのが、なかなか面白そうなやってみたい事だと思います。
果たして、インターネットが無いのは本当に不便なのか?
インターネットが無くなって、情報の精度は下がるだろうと思います。
そして、インターネットによって失われた様々な仕事が復活すると思います。
インターネットが無い事で、人は歩く量が増えます。
インターネットが無い事で、人は外国の遠さを感じ、時間の大切さに気づきます。
インターネットって、物事、人生を簡単にした分、感動を小さくしたような気がします。
見ず知らずの土地に行く事に、何の抵抗もなく行くことができるようになり、危険な場所、情報は既にあるので、なかなか危険な目にあう事も防げるようになった。
何でもボタン1つで買い物もでき、動かないで済むので
人々はより運動をせずに不健康になり、お金を払い運動をするようになった。
元々は自主的に動いて、運動をする必要もなく健康だったのに。
何だか、インターネットは便利なようにしているようで複雑にして、
人々は本当はインターネットが無かった頃の生き方を目指しているような気がします。
もはや、この社会でインターネット無しで生きる事は出来ないからこそ、
もし、インターネットが無い社会があったらもっと楽しいだろうな。
とか、もっと人と話す時間が増えて幸せなのかな?
とか、考えます。
ちょうど、旅で知り合ったカッコいい兄貴が紹介してくれた動画がとても勉強になるので紹介します。
それでは、今日はこの辺で。