安宿に泊まって気づく20代と30代の考え方の変化

ときどき見に来てくださるブログ読者の方勝手に励みにさせてもらっています。ホーリンです。

 

本日は久々に安宿・バックパッカーに泊まった感想と気づきをだらだらと書いてみようと思います。

 

ホーリンが初めて安宿(バックパッカー)に泊まったのは9年前26歳の時でした。

 

なので、30代のホーリンとして安宿(バックパッカー)に泊まって感じた正直な感想を包み隠さず書いていこうと思います。

 

ホーリンは20代の時は年下も年上も色んな世代のちょうど真ん中くらいの年齢で快適で何をやっても許され、年下からは旅の先輩、経験者として慕われ、年上からは可愛い青年といったところか、よくしてもらい、同世代からもライバルとして見られたり相談したり、切磋琢磨する、本当に快適な環境の中で、ホーリンにとって、まさしく【天国】のような環境・場所でした。

 

それが30歳を超えるころから、だんだん、ホーリンが中心ではなく、自分よりも若い世代が旅をしていることが増え、自分の立ち位置がどんどん上になっていくことを認識していくようになってきました。

そういった状況で、人っていうのはその中から自分のポジションを考え、認めて、確立していかなければならないのですが、ホーリンはその状況にもがき苦しんだと思います。

 

年上が語り始めたら、断りずらい。面倒、相当一芸に秀でている人でなければ話を聞く価値無し。面倒くさい邪魔な存在。共通の話題もなければ、盛り上がることもない。

 

そんな状況でどうすればいいのか。かまってほしいけど、その前に自分が周りを受け入れる、それから、自分が中心になっては絶対にいけない。もっと、上手く円滑に快適に過ごせるようにするにはどうすればいいのか。

 

ある種、安宿に泊まることって、一種の【挑戦・チャレンジ】になりつつあります。

 

20代でも30代でも面倒な人は老害と言われ、武勇伝・自慢話を聞かされたらうざく感じ、じゃあどうすればいいかというと、ホーリンの中での答えは

 

8割話を聞き、2割だけ話すようにする。

 

このリズム・ペースはなるべく変えないほうが、物事は円滑に進みます。だいたい最初は頑張って聞き役に回ろうとしますが、気が付いたら、自分の承認欲求がストッパーを振り切り、気が付いたら演説していることが結構起こり始めます。

 

なぜ、年上が話過ぎたらいけないのか。それは、年下は気を遣う遠慮をする。からだと思います。やはり、話の腰を折るのは失礼だし、話に落ちがなく、ひたすら話続けられると、見たいYOUTUBEも見れないし、別の人と会ったり話したくても話せなく、その人に捕まったという印象を受けてしまい、最初は面白かった話も早く終わらないかなとなり、楽しめるものも楽しくなくなるからです。

 

ホーリンはそんなことも知らずに調子に乗って話して失敗したこと振り返ったら結構あったと思います。

 

で、話は振出しに戻って、ホーリンは久しぶりに新規開拓でバンコクの安宿に泊まったのですが、コロナ禍であまり人に会う事はありませんでしたが、そういう事を意識して、人と接するようしました。

 

ホーリンは20代の何も見えていなかったころ、なぜ30代は40代になると旅人は減るのだろう。ホーリンは絶対一生旅人でいる。

 

と誓っていました。今、その気持ちは

 

2割一生旅人 8割社会に適応する

くらいに変わってきたように思います。

 

良い意味でも悪い意味でも彼女との出会いがホーリンの猪突猛進の心にストップをかけています。

 

承認欲求なのか、旅をし続けるより、言語を極めたり、何かに夢中になっている旅人のほうが魅力的であるから、もしホーリンが旅をするのであれば、自転車で途方もなく、一周するという壮大なテーマをもって取り組むと思います。

 

人間の心の移動って面白い。

 

年を増やすごとに考え方が変わり、ものの捉え方が変わる。

 

素敵なことだと思います。

 

安宿に泊まることでホーリンは初心に帰り、今後の道しるべを示してもらえるような気がして、今後も時々安宿に泊まって、確認をし続けていこうと思います。

 

それでは今日はこのへんで

 


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11月30日まで残り目標記事20記事。

【海外生活で大切な心構え】文化を許容し、脳の防衛反応と戦う。5つの気づき。

こんにちは。ホーリンです。仕事をしながらのブログ執筆は何かと大変で、何が大変かというと、時間管理とメンタル管理です。

 

ホーリンは、ブログはまとめて書いてそれを予約投稿するほうが、得意なようで、毎日書かないといけないと思うと気がおっくうになることが判明したので、今後はそういったスケジュールを立てながら生活していきたいと思います。

11月30記事を目標にしていたけど、折り返し時点でまだ9記事目。なかなか目標達成は難しくなってきたけど、継続していけるように頑張るのみです。

 

本日のブログテーマは「ホーリンとタイの文化との関係」

 

ホーリンは、文化や、多様性など、気軽にその言葉を使い、勝手に理解したつもりで生きてきました。そして、いざタイ文化に馴染もうとしたら大きな壁にぶち当たって、試行錯誤の日々を過ごしています。

 

ホーリンは今まで海外に約8年ほど住み、自分の中で勝手に「国際人」になった気になり、自分は多様性があり、柔軟性があり、だれとでも上手くやれると信じて生きてきました。

 

ところが、ふたを開けて、タイに2年ほど住んでいると、よりタイの文化を受け入れられずに、我を通そうとしてしまい、悩んで、辛い思いをする毎日となっている状況です。

 

ホーリンは今まで1つの土地に長く住んだことがなかったから、人との関係や付き合いが浅かったのかな。

 

もしくは嫌な状況があったら逃げられる状況だったから、嫌な状況から逃げて、自分が一番可愛いから傷つかないように生きてきたのかな。と思います。

 

対人関係でも、仕事でも、嫌なことがあったらすぐ逃げる。辞める、そういう生き方をしてきたら、【我慢】というものへの耐性が著しく低くなり、負け癖、辞め癖、逃げ癖がついてしまい、それに乗じて、旅をしていると、長く生きるすべを見つけてどんどんずる賢く生きるようになってきたと思います。

 

そして、一度、真剣に1つの国に骨をうずめようとすると、途端に怖くなったり、躊躇してしまう。

 

たとえば、ワーホリをホーリンは3か国しましたが、(オーストラリア、カナダ、ニュージーランド)どこの国も好きになり、中途半端に永住権の道を探したり、勝手に他の国とてんびんにかけて、メリットが多いほうを選択し、結局どこに住もうと、一生どこに住むべきか悩むことになり続けるということに気づけずに、ずるずるとワーホリ制限のかかる年齢まで生きて、タイが一番良い思い出があるからとタイを選んで、住み着きました。

 

住んでみると、旅行者としてのタイと生活者としてのタイは全然違い、ホーリンのイメージしていた、タイのイメージとは違うところも多く、冷静に客観的に自分を見つめるきっかけとなりました。

 

ホーリンがタイに住んでみて、見つけたイメージとの違いは

 

①タイ人は怠け者、男は働かないという勝手な噂

②タイは冬は寒い(20度でも暖かいジャケットは必要)

③性格が温厚と思っていたらけっこう違っていた。

④思った以上の階級社会(人は平等じゃ全然ない)

⑤肌の色、人種、ゲイに対する考え。

 

一つ一つ考察してみたい。

①タイ人は怠け者。

これは誰が言い始めたのか、どうしてこういう見え方がするのか。日本人的感覚を踏まえて、説明すると、日中客がいないタクシードライバーなどががっつり昼寝していたり、時間を守らない、店員が携帯をいじくるという、状況からそういうイメージがわいてくると思います。

 

果たして本当にその通りなのでしょうか。

 

もちろん怠け者な人もいますが、日本人にも同じように一定で怠け者はいると思うし、そこは一緒なのではないかと思います。

 

ドライバーが昼寝したり、店員が携帯をいじくっているというのは、きちんとした時間を働いて、きちんと働いた対価が賃金として支払われる当たり前のことが当たり前に行われる日本で育ったからそういうことが言えるし考えられるのかなと思います。

 

タクシーは歩合制で、客がいないと給料は0。安い給料から、いかに効率よく働くには、コスパの良い労働方法が大切で、客がいないのであれば体力回復のために仮眠をとる。夜型の人は昼寝、昼型の人は夜、仮眠を取りながら、一日20時間働く人などいます。

そんだけ頑張っている人のある一部分を切り取って、判断してしまうのはもったいないと思うし、別の視点で物事を捉えらるようになると、またタイの事を一段と好きになれますね。

店員が携帯をいじることも、そもそも携帯を触ることが無礼、失礼にあたるという考えが日本や先進国での考えで、給料安いし、すぐやめちゃうから、辞められても困らないように仕事を与えない、それから、本当に日本でいう派遣よりもはるかに過酷な労働条件で働いていたら、なかなか生活の満足度も上がらない、その中で働いて頑張って給料が上がるように頑張ろうと思えないようなシステムが生まれてしまっているのではないのかなと思います。

 

それは教育システムが作り出したのか、よくわかりませんが、頑張ったら報われるという日本では当たり前の感覚がもしかしたらタイには少ないまたは皆無なのではないか。とそんなようなきがしてなりません。

 

②はタイの冬は結構寒いです。

体感したらわかりますが、日中30度あって、夜20度くらいに下がると温度差なのか寒く感じます。

 

③タイ人は温厚と思っていたら、意外とそうでもない?

温厚な人っていうのももちろんいるし、気性の荒い人も結構います。ホーリンにとってはタイの車の運転は結構ショッキングです。なぜそこまで飛ばすのか、そして時折見える優しいタイ人の運転にもほろっと来ます。結局ひとそれぞれ。そんな当たり前のことに気づかなかったホーリン。まだまだ人として未熟だなと思います。

 

④タイの階級社会

これは、結構えげつない、くらいで、インドのカースト、日本の士農工商じゃないですが、細かく見られます。タイ人社会怖いと思ったのは、タイ人の履歴書には親の職業まで書かなければならなくて、そこで無職だったりしたら、なかなか仕事が見つからなかったり。

見た目もとても大切で、日本以上に美白命、男も女も、モールなど街中で見かけるホワイトニングは、そういった階級社会が生み出した産物なのかなと思います。

黒い人は農家・単純労働。白い人はお金持ち。

 

日本でいう、黒い人は健康的。白い人は病弱そうという男の人にあてはまるステレオタイプとは真逆ですね。

 

それと同時に自分もそういった目で見られているんだなと思います。

 

⑤肌の色人種、ゲイ

肌の色は上に書いたけど、人種も他民族国家で、いろいろな人種がいます。ムスリム・キリスト教・仏教に始まり、少数民族・中華系・いろいろ混じっているので、一概にタイ人を一般化するのは難しいと思います。

その中で、人種が多ければ多いほど対立は増えるというもので、理解しあえない文化の摩擦の中で、日本よりも衝突は多いと思います。

 

文化ってなんだろ。どうして喧嘩して、上手く共生していけないんだろう。

 

ホーリンは素朴な疑問でそういった感情を抱いていましたが、関わればかかわるほど、第三者がどうこういえるそういった簡単なものではないなと思うようになりました。

 

だんだんと、グダグダな文章になりましたが、この記事で何が一番言いたかったかというと、ホーリンの狭くて、頑固なこの性格である限り、今後のタイでの生活では苦労が目白押しとなっており、まずは受け入れる、考える、それから許す、認める。

 

そういったプロセスをもっと踏めるようにこれから精進していこうと思ったとりとめのないブログでした。

 

 

それでは今日はこのへんで

 


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11月30日まで残り目標記事21記事。

かっこつけずに【家族が好きです】と素直に・ダサく・不器用に生きれるようになるための考察

こんにちはホーリンです。週末にまとめてブログを書こうとして書いていますがだんだん疲れてきました。

疲れていても書くという作業は楽しくて、全然閲覧者は少ないのですが、この世界の誰かがホーリンのブログを見つけて読んで、何か感じてもらえたということを勝手に妄想するだけで幸せな気持ちになります。

 

ホーリンの心の闇を暴露するような反省懺悔ブログを最近続けていましたが、このシリーズもうしばらく続きます。本日のテーマは【家族】です。

 

ホーリンは、家族関係について、あまり深く考えずにいきてきました。家族は親と姉がいて、4人家族にいとこはたくさん10人以上20人くらい?で子供の時は年に1度親戚の家族に集まったりしました。

 

高校を卒業すると、一人暮らしを始めたこともあり、親と会う回数はかなり減り、連絡もかなり減りました。20代は確か8回くらいしか会っていないと思います。数年会わない時もあったし、親からは「生きている?」「今どこ」というメッセージが誕生日に来る程度でした。

 

自分本意に生きているからなのか、親と連絡するのはあまりかっこよくないという社会環境がそうさせたのか知りませんが、ホーリンは親と話したり連絡するのが【恥ずかしい】【不愉快】という感情があり、中学生くらいからは母としか会話しなくなり、30歳くらいになってようやく親とも少しずつコミュニケーションできるようにって来ました。でもさしだと恥ずかしいから友達または姉を呼んで1対1をなるべく避けるようにしておりました。

 

【タイ人の社会で感じる家族愛】

ホーリンはタイに住み始めて2年。今までは旅などで訪れたり海外の文化にも精通した気になっていましたが、彼女ができたり働き始めてもっとタイ人を知るきっかけを持つようになると、今までのうわべだけの知ったような気になっていた常識は根本的に覆されました。

 

タイの文化では家族を愛して、それを常日頃から行い、表現して、それが良い事という昔ながら?の生き方をしています。(もちろん人それぞれだし住む地域文化によってそれは変わることもある)

ホーリンの仕事上で知り合ったタイ人も家族とはとても仲が良いし、それが当たり前という印象を受けます。

 

タイ人によく聞かれるのが、「外国に住んで家族と会えなくて寂しくないの?」

 

ホーリンは18歳から一人で生きてきて、もう15年ほど一人暮らしで生きてきて、寂しいという感覚すらあまり思い出せないのですが、タイ人の感覚としては幼少のころの一人で留守番をしていて親が言っていた時間に帰ってこない時に起こる不安な気持ちなど常に持っているのかな。と思います。

 

それはとても素敵なことで美しい事で、それを実践したいとは思いますが、実践するのはそう簡単ではありません。

 

彼女と知り合って、彼女に一番教わったことは【家族を大切にする】という事だと思います。ホーリンには、ないこの感覚を少しずつ教えてもらっているのかな。と思います。毎週あっていたらしんどいですが、時々会う事は長い目で見て精神衛生上とても良い事で、それが自分の人生をより良いものにしてくれているのではないかと思っています。

 

【傲慢さを捨てて、相手の立場になって物事を考えてみる】

ホーリンは今の彼女と付き合って約1年半。もしかしたら結婚するのかな。子供を持つこともあるのかな。

と考えると、親の気持ちを考えるようになります。親にとって子供は自分の命よりも大切な存在。守るべき存在。そんな大切な子供は親にとって大人になってもその感情が変わることはきっとないので、

子供のために頭を下げる。

プライドを捨てて謝る。

やりたいことしたいことを我慢してまで子供が生きていけるように一生懸命に働く。

 

そういう事を世界中の親は今までしてきてくれたんだなぁと思うと、美しいしと思うと同時に親に一言挨拶をするなり、何かものを送ってあげるなど感謝の気持ちを伝えるのも悪くないなぁと思いました。

 

ブログを書くこと

ホーリンはブログを書き始めて、ホーリンの弱さをさらけ出したり、反省したりすることで、良い評価を得たいとか、ブログのアクセスが伸びてほしいとかそういった汚い心ももちろんありますが、それよりも、自分でブログを書いていて楽しい、気分がいい。そして、世界のどこかにいる、ホーリンと同じ気持ちの人と共感しあえて、ホーリンとその世界の誰かが幸せになってもらえたら、それ以上にうれしい事はないなと思う気持ちが最近は強いです。

 

ブログは承認欲求が強い人が書く自己満足。

その通りだと思うし、ホーリンも自己承認欲求があるから人に見てほしい、すごいと思われたい、褒めてほしい、否定はしないでほしい、受け入れてほしい。

 

人間には良いところ悪いところがあり、それを受け入れて、認めることで、心が穏やかになり、日々の生活が明るくなっていければ最高だなぁと思う今日この頃です。

それでは今日はこのへんで

 


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